SMITH BOOK PROJECT
かつての「職人」といえば、部屋にこもって黙々と手作業をこなす人たちであり、後進がその技を取得するには師匠の背中をみて学ぶほかない、というイメージがあった。また、その技術や製品が一般に浸透する段階で本質が薄まることに対して、嫌悪感を口にする者もすくなくない。しかし今は、インディペンデントでありながらオープンマインドな「新しい職人」が方々で注目を浴びている。つまり、ものづくりには強いこだわりを見せつつ、その世界への扉はつねに開かれていて、自身が手がけたものごとが世の中に広まっていくことも厭わない人たち。本サイトでは、そんな新しい職人たちを「SMITH」と称し、毎週1人・合計25人の方々に取材を実施。さらに、その人となりからバーテンダーが感じた「SMITHたる所以」をカクテルで表現し、レシピと共に紹介する。
25
SMITH: 山川 咲
COCKTAIL: WAY OF LIFE/Fervor Spread

山川 咲

山川 咲
Saki Yamakawa
1983年東京生まれ。「CRAZY WEDDING」創業者。結婚・出産・子育てを経て、2020年3月に「CRAZY WEDDING」を卒業。8か月のサバティカルを経て、2020年12月、ホテル&レジデンスブランド「SANU」へ参画。2021年1月、「神山まるごと高専」のクリエイティブディレクターに就任。
25
SMITH: 山川 咲
COCKTAIL: WAY OF LIFE/Fervor Spread
Recipe for Life- 人生のレシピ
  1. “影”を受容し、ポジティブなエネルギーに繋げる
  2. 時代の流れを捉え、集合意識を引き上げる
  3. 関わる人の情熱を焚き付け、100点ではなく200点を目指す

今回のスミスは、『CRAZY WEDDING』の創業者である山川咲さん。2012年、自身の結婚式を機に株式会社CRAZYを創業。不可能だと言われた完全オーダーメイドの結婚式を生み出す『CRAZY WEDDING』を立ち上げ、ウェディング業界に変革を起こし続けてきた山川さんだが、2020年3月にはCRAZYを退任し、独立することを発表した。その後、奄美大島に住まい、全国を旅する8ヶ月間のサバティカルを経て、同年末にはホテル&レジデンスブランド『SANU』に取締役として参画。2021年1月には、「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」をミッションとして掲げる私立高等専門学校『神山まるごと高専』のクリエイティブディレクター・理事にも就任した。ステージは変われど、複数の事業を横断しながらエネルギッシュに活動している山川さんに、話を聞いた。

 

「この人生で本当によかった」と思える生き方を

既成概念にとらわれず業界に革命を起こしてきた山川さんは、「意思のある人生を、ひとつでも多くつくりたい」という思いを胸に、自分自身と向き合い続けてきた。

その思いが生まれる背景を知るためには、幼少期に育ってきた環境まで遡る必要がある。日本全国をワゴンカーで家族と周って過ごし、その後は千葉県の自然豊かな片田舎で庭にテントを張り、薪でお風呂を沸かすような生活を送っていたという山川さん。「いまのようにスローライフなんて概念がない時代。望んでもない暮らしでしたが、ヒッピーのような風変わりな生活に周りからは白い目で見られて。周りの人と違う自分が嫌で仕方ありませんでした」。クラスメイトや周囲の大人を観察し、浮いてしまわないように必死で努力を重ねてきたという山川さんの転機となったのは、高校時代だった。自分で選んだ高校へ進学し、自分で選んだ友達と付き合い、自分で選んだ部活に入った。「他の人にとっては大したことないかもしれないけれど、私にとってはそれまでの人生を変えた体験で。自分の意思で生きる日々は楽しくて、そこから成功体験というか、私の人生悪くないかも、という思いが少しずつ積み上がっていったんです」。

その体験の最たるものが、自身の結婚式だった。「私は自由奔放で大胆な人間だと思われがちだけれど、本当は臆病で怖がりで、“光”と“影”の両面をどちらも強く持っていて。それまでは、“影”や過去を消し去りたいと思って、能力で補填しようと頑張っていました。でも、過去があったからいまの私がいて、“光”も“影”も丸ごと私で、それが無ければここにいるかけがえのない友人たちとも出会えていないし、パートナーに好きになってもらえてもいない。全てのピースが必要だったんだなあって思えたんです」。結婚式という機会を通して、自分の人生を再び辿り、受容していったという。「『これが私の人生なんだ!この人生でよかった!』って自分で全てを受け入れられたことは、とっても幸せでパワフルな出来事でした」。その強い体験が、数年後に結婚式事業へと発展していくことになる。

そうして2012年に『CRAZY WEDDING』を立ち上げ、ウェディング業界の風雲児と呼ばれるまでに活躍してきた山川さんだったが、2019年ごろからの独立直前の期間について、「自分の人生を生ききれていなかった」と振り返る。「組織もどんどん大きくなって、守りに入っていたんだと思う。気付かぬうちに自分の気持ちは脇に置かれ、どうしてもこれを推進したい!という気持ちも弱くなっていきました。それでも、起業時と同じパッションでみんなを率いていかねばならないというリーダーとしての役割は変わらずにあって」。そんな中で次第に大きくなっていったのが、「私はこれで『意思のある人生を生きている』といえるのだろうか?」という違和感だった。

「様々なことが、ものすごいスピードと量で途切れずに続いていく。人間はそうした目の前のことに必死に対応して生きている。無意識だと他者の存在が強くなってしまって、飲み込まれているなという認識もなく、怒涛のように進んでいくんですよね」。山川さんでさえ、その中に飲み込まれていったという。一人の時間を作ったり、旅をしたりすることでその営みから意識的に離れる時間を持ちながら立ち返ったのが、「自分の人生に対する決断は、自分にしかできない」という信念だった。「理屈を優先したら、義理も愛着も責任も感じている会社を辞める選択にはならなかったんじゃないかと思うけれど、最後は直感を信じて決断しました」。

そんな山川さんは、自身のことを「病的な不安症」だという。「うまくいかないんじゃないか、みんなはこう思っているんじゃないか、というネガティブを週に3回ぐらい感じては結構へこんでいます。だけど、不安だから自分の人生これぐらいでいいやと諦められる人間でもなくて。『じゃあやめるの?』、『いや、やめない』という問答をずっと繰り返している感じ」。山川さんはそんな自分が嫌だというが、同時に、それでいいのだという。「嫌でよくて。“光”と“影”の両面を持ち合わせていることが人間としての豊かさだと思っているし、ネガティブをも俯瞰して受け入れられることが、前向きなエネルギーに繋がると思っています。“影”の部分を消そうとしたり“光”だけを見せようとしたりするから、自分が見えなくなってしまうんじゃないかな」。

そうやって、時に絶望と希望とを行ったり来たりしながら自分の人生を丸ごと受容し、周りの人生をも受容していくことが、幸せに生きることに繋がると山川さんは信じている。「人間愛が強いのかな。相手を幸せにしたいという気持ちが強くて。でも自分もやりたいことをやりたいし、幸せになりたい。どっちかではなくて、一緒に幸せになろう!って気持ち」。どちらかを妥協してバランスをとろうとするのではなく、どちらも100%満たせる方法を、山川さんは追求している。「死ぬときに『この人生で本当によかった』と思える人生は、富や名声を得ることよりも絶対に幸せだと信じていて。だから自分もそう思える人生を送りたいし、そう思える人がひとりでも増えて欲しいと思っています」。

 

人の気を集め、営みをデザインする

山川さんが描く世界とは、自分ひとりが叶えたいと願うものではなく、時代が求めているものであり、人々が必要としているものなのだという。「流行りだとかマーケティングだとかではなく、人々が潜在意識下で求めているもの、『集合意識』と呼ばれるものを、私は“時代”と呼んでいて。私たちはいま何に困っているのか?意識はどこへ向かいそうか?ということを感じながら事業をつくっています」。

時代というものを意識するようになった背景には、父親からの影響が大きいという。山川さんの父親は、フジテレビのアナウンサーを経て、自然の中で暮らしながら戦争反対運動や環境問題に対する講演などを行ってきた。常に今の時代や世界と向き合い、時代に翻弄されながらも懸命に主張をし、人々の意識を変えていこうと活動する父親を横目に捉えながら、「変化の時代に生まれた」という意識が芽生えていったという。「この時代に何かを成すんだ、ビジネスで世界を変えるんだ、と思って生きてきました。時代の流れを感じて、『こういう世界があったら良いよね』と声高に叫び実現させていくことを、『CRAZY WEDDING』の時からし続けています」。山川さんは、目の前の空気を捉える鋭い洞察力と、大きな流れを感じとる高い視座の対極を、常にバランスよく持ち合わせている。

自分が信じる世界に対しては、常に200点を目指し、人生を賭けた挑戦を続けてきた。「90点とか100点で着地しても、ただやってよかったね、頑張りましたね、ということにしかならない。でも、150点とか200点で着地したら、人生かけてきてよかった!とそこに関わった人の人生が花開く出来事になり得ると思うんです」。その気概は、トップとして『CRAZY WEDDING』にいた時はもちろんのこと、チームの一員として『SANU』や『神山まるごと高専』に関わるようになった現在も変わらない。「まだ見ぬ世界を一緒に信じようよ、と人を口説いて連れてきた側の責任が結果にあると思っているから、200%の結果を作っていくことに対してはいつも真剣ですね」。

山川さんは仕事において、関わる人たちの気を集めて焚き付け、魂を注ぎ込み、創造性を高めるということを繰り返し行っているのだという。「いまも昔も、やっていることはあまり変わらないと思っています。高校の文化祭実行委員から始まり、大学ではサークルを立ち上げた代表として、新卒で入ったコンサル会社では人事として、『CRAZY WEDDING』では創業者として、そして現在も。『来て来て、こんなに面白いよ』とまだ見ぬ世界を多くの人にイメージとして見せて期待と情熱を集め、率いていくことをやっているのだと思います」。

「集まる人の意識には、頼まれたからやる、やりたくてやる、夢中でやる、自分を超えてやる……みたいないろいろなレベルがあって、どの意識レベルに目標をセットするかによって大きく結果が変わるんです。これは『CRAZY WEDDING』で学んだことでもあるんですが、いまに活きていて」。山川さんはそれを200点目指せるレベルにセットし、今日も全体の営みをデザインしている。

 

死ぬ時に「この人生でよかった」と心から思えるような毎日を、妥協せず送ること。目の前のことに飲み込まれそうになった時には止まって自分の描いた世界に立ち戻り、周りを焚き付けて一緒に邁進すること。そこにある山川さんの凄さとは、自分の意思を強く信じ続けられているという、シンプルなことなのかもしれない。

自分を信じるということは、自分だけができる行為であり、そこに根拠や理屈はいらない。世の中が大きく変化しようと、周りになんと言われようと、自分の心そのままに意思のある人生を生きることはできる。そのエネルギーに触れて人が集まり、熱が伝播していくことで、大きなことを成すことに繋がるはずだ。

*記事内写真は山川さん提供

カクテルにはSIPSMITH
「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」を使い、
一人の“SMITH”に対して
2種類のレシピを開発しています。

「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」について ↗︎

WAY OF LIFE
ウェイ・オブ・ライフ
「意思のある人生を、ひとつでも多くつくりたい」という言葉からインスピレーションを受け作りました。人生を振り返った時に感じた過去があったから今の自分があるという言葉のように、山川さんが過去に千葉県で過ごされていたことから名産であるピーナッツを使用し、そして薪で風呂を沸かすような生活だったということから自家製のシロップを作り表現しました。ナッティーでほんのり甘い、優しい味わいに仕上げました。
Cocktail Recipe

1.SIPSMITH London Dry Gin 45ml
2.自家製ピーナッツオルジェーシロップ 15ml
3.フレッシュレモンジュース 10ml
ガーニッシュ レモンオリーブオイル

Bartender Interview
下畑 雄大
IRISH BAR ARIGO

Q1:今回のスミスの記事を読んで、どのようなことを考えましたか?
過去があるから今の自分があるという言葉のように、何事においても過去から学ぶことがたくさんあります。カクテルを考える時も、たくさんのトライアンドエラーを繰り返し、作り上げていきます。人生もきっとそうなんだと思いました。それが山川さんの言っている、意思のある人生を、ひとつでも多くつくり、この人生で本当によかったと思えることに繋がっていくと思いました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?
「WAY OF LIFE」とは生き方という意味です。山川さんの人生と結びつく材料を使用し、なるべくシンプルにSIPSMITHの味わいを大切に活かすように作りました。

Q3:このプロジェクトを通してあなた自身の生き方に影響を与えたことはありますか?
生きていく上で、仕事もプライベートも妥協せずにやっていくことの大切さを改めて考えさせらました。

Fervor Spread
フェーバー・スプレッド
山川さんの人生のレシピである「人の情熱を焚き付ける」「“影”を受容し、ポジティブなエネルギーに繋げる」生き方を、SIPSMITHジンのしなやかな力強さとジュニパーベリーの「信頼、独創」という花言葉に繋げて考えました。50種類以上のハーブを使ったリキュールの「甘さと苦味」から「光と影」のコントラストと自然と共生する姿を、ラズベリーの鮮やかなアロマとチャーミングな酸を魅力的な女性像として表現しました。 ガーニッシュのバーニング・オレンジピールは山川さんが焚きつけた情熱が伝播(Fervor Spread)するイメージを表しています。
Cocktail Recipe

1.SIPSMITH V.J.O.P. 30ml
2.イエーガーマイスター 30ml
3.フレッシュラズベリー 10粒
ガーニッシュ バーニング・オレンジピール

Bartender Interview
中垣 繁幸
BAROSSA cocktailier

Q1:今回のスミスの記事を読んで、どのようなことを考えましたか?
わたしと15ほど年齢の離れた山川さんですが、ひとつの事業を創業して育て上げ、更にまだ見ぬ新たな事業へとエネルギッシュに挑まれる姿にバーテンダーとしても経営者としても勇気をいただきました。人の気を集めて焚きつけ、魂を注ぎ込み、まだ見ぬ世界に導く。そんな山川さんのSMITHとしての生き方をカクテルに落とし込むことができたらと思いレシピを紡いでみました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?
テーマ素材となるSIPSMITH V.J.O.P.と山川さんの共通点を、ジュニパーベリーの花言葉「信頼、独創」から導きました。自然と共生する姿をハーブリキュールで。クリエイターであり母である姿をラズベリーの花言葉「先見の明、愛情」から紡ぎました。カクテルを引き締める酸味を柑橘ではなくラズベリーの酸味で構成するアプローチや、普遍的な素材だけで新たな味わいを生みだすことを自分らしさとして盛り込みました。

Q3:このプロジェクトを通してあなた自身の生き方に影響を与えたことはありますか?
モチーフとなる山川さんの生き方を読み解いて、テーマとなるSIPSMITHを最大限に生かし、カクテルに投影すること。レシピとストーリーの整合性や、味わいの普遍性、カクテルとしての再現性の高さなど、レシピ開発の奥深さを改めて考えさせていただきました。

Words by Maho Shoji / Photo by Shigeta Kobayashi