SMITH BOOK PROJECT
かつての「職人」といえば、部屋にこもって黙々と手作業をこなす人たちであり、後進がその技を取得するには師匠の背中をみて学ぶほかない、というイメージがあった。また、その技術や製品が一般に浸透する段階で本質が薄まることに対して、嫌悪感を口にする者もすくなくない。しかし今は、インディペンデントでありながらオープンマインドな「新しい職人」が方々で注目を浴びている。つまり、ものづくりには強いこだわりを見せつつ、その世界への扉はつねに開かれていて、自身が手がけたものごとが世の中に広まっていくことも厭わない人たち。本サイトでは、そんな新しい職人たちを「SMITH」と称し、毎週1人・合計25人の方々に取材を実施。さらに、その人となりからバーテンダーが感じた「SMITHたる所以」をカクテルで表現し、レシピと共に紹介する。
20
SMITH: 宮崎晃吉
COCKTAIL: Nostalgic Martini/Acquired

宮崎晃吉

宮崎晃吉
Mitsuyoshi Miyazaki
1982年、群馬県生まれ。株式会社HAGI STUDIO 代表取締役、建築家、一級建築士、東京藝術大学建築科の非常勤講師。 東京藝術大学大学院修了後、アトリエ系設計事務所での勤務を経て、2011年退社。2013年、解体予定だった東京都台東区谷中のアパート「萩荘」を改修し、最小文化複合施設「HAGISO」として甦らせる。現在は谷中を中心に複数の自社運営施設の経営と、全国各地での設計・デザインプロジェクトに携わっている。
20
SMITH: 宮崎晃吉
COCKTAIL: Nostalgic Martini/Acquired
Recipe for Life- 人生のレシピ
  1. 完成型よりもプロセスを楽しむ
  2. 新しい「見方」を提示する
  3. 意識的に、行き当たりばったり

今回のスミスは、自ら設計した複数の商業施設と飲食店のオーナーである建築家の宮崎晃吉さん。一階にカフェとギャラリー、二階に本人が運営を手がける宿「hanare」のレセプションが入る構成の「HAGISO」に象徴されるように、インディペンデントかつ独自のスタンスをつらぬく、業界でも稀有な存在だ。さらに、地方創生案件など大規模なクライアントワークを多数抱える建築事務所のトップとしての顔をあわせ持ち、帰宅するのはいつも夜の11時すぎだという。

 ただ、そんな本人はというと、多忙な日々でも疲弊している様子は微塵もなく、今の状況を「行き当たりばったりでやりたいことを実行に移してきた結果」と笑う。今回は、そんな彼の全活動に通底する哲学に迫る。

建築の道を志すまで

宮崎さんの両親はクラシックピアノ関係の仕事に就いており、特に父親はいまも現役のプレイヤー。彼も当然その才能を引き継いでいると周囲から期待されていたが、センスを全く発揮できなかった。それで思い詰めていたわけではないものの、物心ついた頃からどこか諦念にも似た感覚があったという。

そんなとき、高校から所属していた吹奏楽部の先輩が、東京にある美大の予備校に通っていることを知る。地元の前橋では珍しい存在だ。彼も、美術の授業は他の教科に比べてまだ好きな方だったので、自然と興味を持った。「アート」は自分を主張し、まわりと差別化できる唯一の方法だと直感していたのだ。そこから休日は、前橋から東京へ出てその先輩と同じ予備校に通うようになった。

「同時期に、建築にも興味を持ちはじめました。ルーヴル美術館のガラスピラミッドで有名なI・M・ペイという建築家の存在を知って、彼が手がける造形の美しさはさることながら、『中国系のアメリカ人がフランスでピラミッドを作る』という強烈なミックス感に惹かれて。僕の中では、背景にある文脈がおもしろいという点で、建築とアートをセットとして捉えていたんです」

予備校時代、彼は最初に出された課題で建築模型を作ったところ、先生にいきなりベタ褒めされたことがあった。他とくらべて出来が優れていたわけでもなかったので、歳上の学生たちの気を引き締めるためにわざと若い彼を褒めたのだろう。しかし、そんな意図に気づくわけもない彼は有頂天になり、その勢いで受験まで駆け抜けたという。高校卒業後、一浪して東京藝術大学美術学部建築科へ入学、そのまま大学院へと進む。

さて、のちに「HAGISO」となる建物と出会ったのは、大学院時代のことだ。彼は大学に通っていた4年のあいだ、巣鴨や松戸など住居を転々としていたが、大学院に入ると同時に友人の紹介で学生アパートの「萩荘」に入居。そこは戦後まもなく建てられた木造の古い建物で、住人は誰も部屋に鍵をかけておらず、家に帰ると知らない人がパーティを開いていたり、勝手に私物の本を読んでいたりするのが日常茶飯事。まるで、中の空間まで昭和の時代に遡っていたかのようだった。

宮崎さんはそのヒッピーライクな空気をいたく気に入っていた。みんなが他人を気にせず好き勝手に生きている、「境界線のない世界」を心地よく感じていたのだ。

「挙げ句の果てには空き巣が入ったことに誰ひとり気づかず、警察に教えられる始末で(笑)。プライベートの概念が皆無でしたね。ただ、僕がすごく人付き合いが上手なわけではなくて、各々一定の距離は保っているっていう。基本的な行動は超個人主義でした」

当時、彼がジム・ジャームッシュ監督作の『ナイト・オン・ザ・プラネット』を好きでよく観ていたという話が、本人の性格を雄弁に物語っている。本作は、同じ時刻の異なる都市で、市井の人たちが自由に生きる中で事故的に他人との関わりが生まれていくさまを淡々と映した、地味だが美しい傑作。まさに彼は、「萩荘」での暮らしをそのようなアングルから楽しげに眺めていた、というわけだ。

いったい建築の何がおもしろいのか

同じころ彼は、建築家として重要なきっかけを得る。大学院で所属していたゼミで、谷中にあるお寺の私道を美術空間化するプロジェクトに参加。そのとき、実際にアートスペースを作るよりも先に、生活導線として道を使っている地元住民から使用許可を得るために、一軒一軒説得してまわった。そこで彼は、架空の模型を作るよりもプロセス、つまり些末な交渉ごとやそこで起こるハプニングの方に興味を持ったという。

「学校の教室で模型を作っているよりも、圧倒的にリアリティがあったんです。クリストっていうアーティストをご存知ですか? 彼は巨大な建物や自然を布で“梱包”しちゃうんですが、僕が感銘を受けたのはその過程で。彼も最初は青写真をもって『ドイツの国会議事堂を包みたい』とかって関係各所にプレゼンするわけです。で、最初はもちろん断られますよね(笑)。だけど諦めず粘り強く交渉して、細かい条件をつめて、自分のドローイング作品を売ってお金を集めて、最終的にはプロジェクトを実現させてしまう。つまり、壮大なことを超インディペンデントな方法でやっていて、実際に包むまでの過程がもはやアートなんです」

その時点から、完成したものだけで評価されがちな建築の常識にも、徐々に疑問を持つようになった。仕事上の振る舞いや人間関係、そういった諸々こそが建築における重要な要素ではないか。「生きた状況」を含めて建築作品と呼ぶべきではないか。彼は今の仕事でも、「予定不調和な状態を、良いも悪いも全て受け入れる」ことを強く意識している。

実際に、彼は大学院を卒業する間際に、老朽化により解体間近だった萩荘で「ハギエンナーレ」なるアートフェスティバルを主催したのだが、そのときはクリストよろしく、スポンサーに頼らず自分らで資金を集めた。さらに、その後「HAGISO」として生まれ変わらせた際も、クラウドファンディングを立ち上げてリノベーションの費用を工面している。

「萩荘」リノベーションの過程。*写真は宮崎さん提供

お金を自分で集めるプロセスを経ることでしか生まれないことがあるから、どうしてもそれを体験したくなるんです。それに、結果的に儲かるかどうかはどうでもいい、っていう思いもあって。今は従業員を食べさせなきゃ、っていう焦燥感が別にありますが、色々ごまかしながらやっています(笑)

「プロセスを楽しみたい」という思いは、生の実感や手触り感を求めている、とも言い換えられる。実は、宮崎さんは大学院を出たあと大手の建築事務所に就職しているのだが、あるとき出張で中国上海の開発エリアを目の当たりにした際、「建築物に人が収納されている」ように感じたという。無味乾燥としていて、誰かがその建築を心から求めているという「切実さ」が決定的に欠けていた。実際に、政治家の都合で建てられたビルも少なくないのだそう。

一方で、近くに隣接していたスラム街は、道からすぐ手が届く場所に洗濯ものがぶっきらぼうに干されているようなエリアで、彼はしかしそのあり方に感動を覚えたのだ。

「建築業界の中のヒエラルキーで競う“知的なゲーム”にはどうしても興味が持てなくて。萩荘をHAGISOに作り替える時も、基本は壊して裸にしていくプロセス。その中で、わざと吹き抜けやギャラリースペースを作りました。特にギャラリーは、現状はアーティストから使用料をとっていないので、経営の観点からみればただの無駄。それでも、現場で何かが起きる余地を残したかったんです」

「HAGISO」は「世界最小の文化複合施設」を謳っている。それは、建築業界で文化複合施設を手がけることが花形と捉えられている状況を逆手にとり、「自らオーナーになれば、どんなに小さな規模でも文化複合施設”は作れる」という皮肉から生まれたコンセプト。予定不調和なハプニングを生むための「余白」の話しかり、こうした建築そのものへの「見立て」が、本人の建築家としての特徴を形成している。

「谷中にも歴史があるので、そこにある文脈をうまく利用することを考えました。伝統に沿ったものを素直に作るのではなく、ナマの状態では使えない文脈にひねりを加えることで、一本背負いしてひっくり返すっていう。その根本には、『予期せぬことと出会いたい』という気持ちがあります」

彼はこれまで人生設計を練ったこともなければ、1年先のことすら考えていないという。興味があるのは、「どうやったら人生が思いもよらない方向にいくか」ということのみ。普通であれば予期しない事態が起きることを恐れてしまうところで、彼はそれをも含めてクリエイティブな行為として捉え、自身の建築に取り込んでいるのだ。

「本当はプロセスを可視化させることをもっとちゃんとやりたい。性格的に、自分が体験できたからいいかな、って面倒くさくなっちゃうのがどうも(笑)。ただ、今日話してみて改めて感じたのが、あらかじめ言語化した目標に向かうよりも、やっぱり自分は場当たり的に実践していった中で偶然起こることを楽しみたいなって……うーん、結局そこに戻っちゃいますね」

カクテルにはSIPSMITH
「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」を使い、
一人の“SMITH”に対して
2種類のレシピを開発しています。

「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」について ↗︎

Nostalgic Martini
ノスタルジックマティーニ ショート
宮崎さんが設計したHAGISOは、かつて本人が住んでいた場所という意味で思い出の地。それを建築という形で後世に残していこうとする姿にも感銘を受けました。カクテルは長く残り続けているマティーニをツイスト。また、萩荘がかつて色んな方々が出入りしてパーティを行っていたというお話から、パーティには欠かせないスパークリングワインをコーディアルにして加えました。また、木造建築の古いアパート「萩荘」をモチーフに、木の香りを檜ビターズで表現し懐かしさを引き立たせています。最後に、かつて萩荘に住まわれていた方々をイメージしながら、宮崎さんの「意識的に行き当たりばったり」という考えにインスパイアされたHARIBOのフルーツ味をガーニッシュに。お好きな味をお好きなように組み合わせていただくことでカクテルの味が変化していきます。駄菓子を思わせるようなノスタルジックなテイストに少しずつ変わっていくプロセスをお楽しみください。
Cocktail Recipe

1. SIPSMITH London Dry Gin 30ml

2. スパークリングワインコーディアル 30ml

3. 檜Bitters 1dash

ガーニッシュ ハリボーフルーツ味

Bartender Interview
斎藤 麻美
cabos

Q1:今回のスミスの記事を読んで、どのようなことを考えましたか?

宮崎さんの「意識的に行き当たりばったり」「完成型よりもプロセスを楽しむ」という点に感銘を受けました。それは、最近の自分自身が「どうやって最短ルートで完成に近づけるか」「どうしたら間違わないか」ということばかり考えていることに気付けたから。知らないうちに凝り固まってしまっていたなと反省。結果ばかりにこだわらず、プロセスを楽しむことも忘れないようにしていきたいですね。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?

マティーニというクラシックなカクテルをツイストすることで、萩荘をHAGISOに変化させたことを表現しました。さらに、味が変わっていくガーニッシュをあえて使うことで、少しずつ変化していくプロセスを作り上げています。

Q3:このプロジェクトを通してあなた自身の生き方に影響を与えたことはありますか?

こんな先の見えないご時世だとつい考えが凝り固まって、結果ばかりにこだわってしまいますが、あえて行き当たりばったりにして、様々な変化を楽しむことも大切だなと気付きました。

Acquired
アクワイアード
土台となるVJOPの重厚なジュニパーベリーのフレーバーと、柱となるリンゴ、そしてラベンダーという屋根がカクテルを立体的にします。あとは自分が好きな香りという装飾を選ぶのみ。 宮崎氏の生き方や建築物のように、歩む方向だけ決めてあとは自由に。シンプルでありながら、飲んでいくうちにさらに美味しく。人それぞれの新しい見方ができつつ、その「あと」を楽しめるカクテルを創作しました。ちなみにガーニッシュでは、 袋から開けて選ぶという体験を提供しています。
Cocktail Recipe

1. SIPSMITH V.J.O.P. 40ml

2.アップルジュース 120ml

3.ラベンダービターズ 3dash

ガーニッシュ アソート

Bartender Interview
奥西 敏宏
minibar/Three Grams

Q1:今回のスミスの記事を読んで、どのようなことを考えましたか?

私の実家も建築関係でさらに美大出身ということ。加えて、プロセスを重視する考えや人付き合いの面でも自分と共通点が多いことにびっくりしました。自分も付加価値やプロセスから生まれてくる産物に魅力を感じる性格なので、宮崎氏のインタビューからカクテルを創作することに大きな意義を感じました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?

まずはシンプルな材料。そして、そこから人が生み出すストーリーやドラマを見せるようなプロセスを考えました。目の前にある文化に、誰がどのように表現を追加していくのか。飲み手も作り手も楽しめるようなカクテルにしようと思いました。

Q3:このプロジェクトを通してあなた自身の生き方に影響を与えたことはありますか?

インスピレーションやセンスは、すべからく経験や過程から生まれるものだと思います。自分も改めてプロセスを楽しみ、そこから生まれたものを観察することで新しい考えを得ていこうと再認識しました。