「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」や「CITAN」に代表されるゲストハウスを手掛けるBackpackers’ Japanの創業者であり、東京の兜町にオープンして大きな話題となったマイクロ・コンプレックス「K5」の仕掛け人でもある、本間貴裕さん。洗練されたリノベーション空間やカフェバーが併設されたラウンジなど、それまでのゲストハウスのイメージを覆す宿泊施設を次々と生み出してきた本間さんだが、2020年7月、新たな挑戦に踏み切り、ライフスタイルブランド「SANU」を立ち上げた。新しい空間を世に生み出し、そこでの過ごし方を提案し続けている本間さんに、「K5」を案内いただきながら話を聞いた。
つくってきたのは、人と人のつながり
本間さんは、それが上手くいきそうかどうかに関わらず、自分の感覚を信じて勝負し続けることを12年間貫いてきた。「自分が気持ちいいなと思う感覚を大切にして丁寧につくり込んだ場に、人々が集まっている景色が見たかったんです」。国籍、職業、思想、年齢、それらを越えてひとところに集える空間を、誰かの模倣ではなく自分の感覚と対話しながらつくってきた。それゆえ本間さんには、誰かを師匠と仰いだり何かをベンチマークしたりするということがない。「誰かの価値観や社会にある倫理を超えて、自分の見たい景色を追い求める。そんな純粋な欲求の方が強いと思っています」。もちろん常にその感覚に自信を持てる訳ではないが、すぐに正解を求めるのではなくて、自分の感覚で勝負するプロセス自体に楽しさを感じてきたと言う。そして生み出された数多くの空間は、多様な人がつながる場となり、共感を集めてきた。
本間さんがつくる場所、その原体験にあるのは20歳の時に見た風景。福島県会津若松の地元から出ず世界に触れずに育った本間さんは、初めてバックパッカーとして訪れたオーストラリアのホステルで、ラウンジに多様な人種が集いフラットにつながっていく体験に衝撃を受けたと言う。「こういう旅の体験を、もっと多くの人にしてほしいなと思いました。当時の日本にはホステルやゲストハウスがまだ少なかったので、それなら自分たちでつくろうって」。帰国後、同じような風景を日本でもつくりたいと立ち上げたのが、Backpackers’ Japanであり、台東区にある古民家を改装したゲストハウス「toco.」である。「好きな人とチームを組んでつくったものが発信力を持って、その先に誰かが喜んでいる顔が見える。『toco.』から始まった宿づくりの仕事は、ある種の中毒のような快感がありましたね」。自分の感覚を信じて世の中に出したものが受け入れられ、改めてかっこいいなと実感できた瞬間、そしてその場に人が入ってきて出会い繋がっていく瞬間は、何時も大きな喜びを与えてくれていた。
そんな本間さんは、宿づくりを仕事としながらも、建築やデザインについては今でも詳しくはないと話す。「その代わりに、センスのある大工さんやデザイナー、スタッフたちと会話を続けていく粘り強さと、何が美しいかを最終的に判断する感覚のようなものが自分にはあると思っています」。これまでのプロジェクトでは、建物の外観や内観を立体的な絵に落とし込んだパースを描いたことはほぼ無く、その時々の相手とその場に立ち、熱量のある対話を通して美しさを判断してきた。その基準になるものはすべて、自身の感覚であり、腹落ちするかどうか。理論よりも何よりも、すっと腹落ちしてくることが、唯一無二の判断基準だと言う。もし腹落ちしなかった時はすぐに意思決定せず一旦時間を置き、その理由を探る。「腹落ちするかしないかの感覚を得るスピードと精度を上げることが、大事だと思いますね」。それは単なる勘のようなものではなく、言語情報を超えた、独自の感覚的な状況認識力と言い換えることができる。
その感覚を大切にしつつ、「あらゆる境界を越えて、人々が集える場所を。」という理念を常に掲げながら、次々と切り口を変えて宿を生み出してきた。そこに共通するものとして、意識的に「自然」を取り入れている。例えば「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」では北海道のニセコで選定した木々を、「Len」では自然に囲まれた京都の風景を、「K5」ではコンクリートの建物が数年後には緑に覆われ少しずつ自然に還っていくような植物の仕掛けを施している。「お洒落とかかっこいいとかよりも、原始的で自然に近いものの方が人は安心するはず。そして安心した方が人と人はつながると思うんです」。デザインだけではなく、より直接的に人の生きる場所や時間を自然に近づけていきたいという想いは、後のテーマとして昇華していく。
つくっていくのは、人と自然の調和
Backpackers’ Japanの代表としてファーストステージを駆け抜ける中で、これだけではまだ足りないという次への想いが本間さんに湧いてくる。その背景には、社会からの注目度と比例するように人に疲れてしまう自分を自覚する中で、常に支えてくれていた自然という存在があった。「『Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE』をつくったくらいの時にサーフィンを始めたんですが、都会から離れて海に入る度に救われる感じがあったんです。社会や人の関係性という軸とは全く関係ないところで自然は存在しているんだなと気付かされました」。そして思い返されたのが、自身のルーツである会津若松で見てきた、心に残り続けている景色。朝靄の中でボートを漕ぎだす時の感覚や、しんしんと雪が降る静かなスキー場で感じた空気。「人と人をつなげることをしてきて、次は人と自然をつなげたいと考えるようになりました」。
それは、人と人がつながる場をつくり続けた本間さんが一周まわって辿り着いたシンプルな境地。「最後に要素を削ぎ落としていくその前には、必ず何かを足して試行錯誤する段階があるはず。そこを経験しないと本質を捉えることはできないと思います」。例えば、iPhoneはシンプルに見えて内部は非常に複雑だったり、長く愛される飾り気ない家具ほど綿密に設計されていたりする。本間さんが考える本質とは、ただシンプルであるということではなくて、物事を突き詰めて、もがき続けたその先にあるもの。そこに至るまでに想像もできないほどの時間を使って導き出されたものである。本間さんが様々な経験を経て辿り着いたのは、原点である自然への回帰だった。「環境問題を声高に発信するつもりはありません。世界中の綺麗な自然の中で暮らせたら最高だよねという純粋な欲求から、次の挑戦が始まりました」。
その想いの表現が、”Live with Nature.”を掲げ、都市に拠点を置きながらも繰り返し自然に通う「2nd Home サブスクリプション」を提案していくサービス、「SANU」である。これは人の生き方に対する提案であるとともに、自然を美しくしていくための提案でもあると言う。「森に『SANU』が入ることで、少しずつ風や水が流れるようになって木々が根を張り、光が入って虫も増える。『SANU』が出来たことでこの森って美しくなったよねというのが、10年後に見たい景色なんです」。シームレスでボーダーが薄くなることで人が集まる未来が想像できた今、一方で答えの見えない自然環境に対する活動に取り組むべきではないかという、本間さんの新しい挑戦。スケール感を持って世界へ展開していくことで、社会に大きな影響を与えていきたいと話す。
「『SANU』に来る動機は何でも構いません。でもその出口には自然の美しさを感じて意識が変わり、その後の生き方にまでつなげていって欲しいと思っています」。そこにあるのは、自然を好きになったら自然を守ろうと思うはずという、人に対する希望。CO2を出してはいけないから飛行機に乗らないようにしようという論調には無理があるから、ネガティブな何かを取り除くという意識ではなく、ポジティブなアプローチで世界を変えていく。「原生林や美しい海に入った時の感動は、圧倒的なんです。都市や社会の中で得る刺激よりも、ずっと直接的に感じられるもの。これは言葉を通してメディアで発信するだけでは伝えられないので、実際に自然の中にセカンドホームを用意することにしました」。世の中にメディアとしての性質も兼ねた場をつくることで、体験を通して世界を変える提案をし続ける。「でも結局は、自分がサーフィンしながら暮らしたいだとか、正々堂々と自分がやりたいことをやるために、社会的意義を紐付けて大義名分を与えているに過ぎないのかもしれません」。本間さんは現在、Backpackers’ Japanの代表を引き継ぎ、人生をかけたセカンドステージでの挑戦に夢中になっている。
大局の意思決定から細部の調整に至るまで、腹落ちするかどうかという自身の感覚で勝負し続けてきた本間さん。自然の持つ力に魅せられ、感動を享受してきた本間さんの提案だからこそ、結果として多くの人の共感を集めてきたのではないだろうか。自分は何を良しと思うのか、何をしたいのかという内なる声に耳を傾け、その感覚を研ぎ澄ませていくことで、人生における判断軸もより明確なものとなっていくのかもしれない。