SMITH BOOK PROJECT
かつての「職人」といえば、部屋にこもって黙々と手作業をこなす人たちであり、後進がその技を取得するには師匠の背中をみて学ぶほかない、というイメージがあった。また、その技術や製品が一般に浸透する段階で本質が薄まることに対して、嫌悪感を口にする者もすくなくない。しかし今は、インディペンデントでありながらオープンマインドな「新しい職人」が方々で注目を浴びている。つまり、ものづくりには強いこだわりを見せつつ、その世界への扉はつねに開かれていて、自身が手がけたものごとが世の中に広まっていくことも厭わない人たち。本サイトでは、そんな新しい職人たちを「SMITH」と称し、毎週1人・合計25人の方々に取材を実施。さらに、その人となりからバーテンダーが感じた「SMITHたる所以」をカクテルで表現し、レシピと共に紹介する。
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SMITH: 藤川真至
COCKTAIL: Will/STANDOUT

藤川真至

藤川真至
Shinji Fujikawa
1981年、岐阜県生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学)卒業。在学中にナポリピッツァに出会い、現地にて修行。出来たてのチーズの美味しさに目覚める。帰国後、レストランやドーナツショップで勤務しつつチーズ作りを研究。2012年株式会社nobiluを設立し、「街に出来たてのチーズを」をコンセプトに『CHEESE STAND』オープン。2016、2018年、リコッタチーズが「ジャパンナチュラルチーズアワード」にて最優秀部門賞受賞。オウンドメディア「CHEESE STAND Media」も運営。
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SMITH: 藤川真至
COCKTAIL: Will/STANDOUT
Recipe for Life- 人生のレシピ
  1. ひたむきで負けず嫌い
  2. どんなときも自分を高く評価しない
  3. 新しいものごとを知りたいからこそ、タフに、素直に

今回のスミスは、奥渋谷でチーズ専門店「CHEESE STAND」を営む藤川真至さん。2011年にオープンした同店は、開店直後から有名レストランで扱われ、またテレビ番組でも紹介されて瞬く間に人気となり、休日に行列が絶えない状況がしばらく続いた。チーズ専門店というとラックに多種多様なチーズが並んでいる絵を思い浮かべるかもしれないが、開店当時はモッツァレラとリコッタの2種類のみとラインナップを厳選、今でも「渋谷でチーズを作り、出来立てを提供すること」を重視している。

 今でこそ若手のスタッフたちが仕込みを行なっているが、つい最近まで藤川さんが朝3時前に起床し、都内の酪農家からトラックで運ばれてくる生乳を受け取って、店内の工房でチーズづくりを行っていたという。またコロナ禍の最中は、自身のnoteでお店における数々の挑戦(ECメニューの開発や自社メディアなど)を報告しながら、もがき続ける姿をあえてそのまま見せた。今回は、生産者と経営者、2つの役割を抱えながら、「都内発のフレッシュチーズ」という前代未聞の分野にいどむ彼の“ひたむきさ”に迫る。

貪欲に学び続けてきた人生

藤川さんのチーズづくりにおけるルーツは、イタリアのスイスの国境付近にあるトレンティーノ・アルト・アディジェ州にある。高校卒業後、大阪外国語大学に通っていた彼は、5年生のときバックパッカーとして世界中を旅する中で、偶然ナポリで見つけたピザ屋さんで働くことに。そこでモッツァレラの工場を見学する機会があり、出来立てのチーズの魅力を初めて知る。そこから今度はトレンティーノ・アルト・アディジェにある牧場でチーズ作りを学ぶ、という経緯だ。

「その頃の1日といえば、朝6時に起きて、牛の世話をして、冬にむけて薪を割ったり、山の芝刈りをしたり……そこでは修行というよりもただ手伝わせてもらった、という感じです。かなりの重労働で、チーズを食べられることは尊いんだと気付きました。でも大変とは言いつつ、働くこと自体は楽しくて。バックパッカーをやっていたことも含めて、『新しいものごとを知りたい』という思いが強かったから。そこからまた、『新しい価値を作りたい』という欲も出てきました」

イタリア修行時代 *写真は藤川さん提供

彼は物心つく前からチーズが大好きな少年だった。今でも忘れられないのは、休日の昼間に出てくるピザトーストの味。高校では部活に入らず、かわりに家でたまに料理を作っていた。ただ、身内にシェフがいたわけでもないし、特別な英才教育を受けていたわけでもない。当時参考にしていたのは、ビストロSMAPのレシピ本『ビストロスマップ完全レシピ』。独学で料理の楽しさを知っていく。

イタリアから帰国後、名古屋のレストランで4年働き、料理にとって素材がいかに大切かを学んだ。そのとき彼は、いずれ自分のお店では駅ナカにも進出しているスープストックのように、「質の良い料理で多店舗展開」がしたいと考えていた。世の中にはファーストフードが溢れている中で、安心安全な素材をできるだけ多くの人に届けたい、という思いがあったのだ。

そこで次は経営やマネージメントを学ぼうと考え、2008年に有名ビジネスマンが手がけた赤坂のドーナツ屋さんにマネージャーとして参加。出店や催事にも携わりながら経営全般を学ぶ中、2011年に東日本大震災がおきる。そこで彼は、インフラとしての店舗を優先するがあまり、ときにアルバイトを店舗に一人で立たせてしまうなど力の入れどころを誤ってしまう。このとき、自分の思いで先走るのではなく、お店全体の良い雰囲気を作り出すことが重要だと痛感した。

なお藤川さんのnoteでは、上記のエピソードも含めて過去のトライ&エラーが驚くほどあけすけにされている。例えば、『CHEESE STAND』からどんどん人が抜けてしまう時期があった。美味しいチーズを届けたい思いは変わらないし、お客さんも順調についてきたが、仕組みがうまくまわらない。では、過去の偉人たちはどのようにして危機を乗り越えてきたのだろうか。今の自分には何か足りないのか。次はこう改善してみよう……そこには、心の葛藤が生々しい温度で刻まれている。まさに「終生勉強」を地で行く人だ。

「経営の勉強には、中小企業診断士やMBAの教材を使っていました。お店を出す際は起業塾にも参加しましたし、学ぶことに対しては貪欲。その理由を考えてみると、自分はずっと周りに対する劣等感があったんですよね。僕は大学時代ラグビー部に所属していたんですが、同期はみんな大企業に就職していく。彼らには負けられないな、自分の力で上がっていくしかない、って」

職人として、経営者として。

当初、『CHEESE STAND』は多種多様な人に開かれたお店にしたいという思いから、店内で使われるメニューやロゴの書体は世界でもっとも多く使われているヘルベチカに統一、店内のBGMも社長自ら選曲しないなど、できるかぎり自分のキャラクターが表に立たないように配慮していた。中である程度のコミュニティが出来上がっているせいで、一見さんに「入りにくいな」と思われるのは、まだ許容できる。こちらがいくらオープンな姿勢を打ち出していたとしても、そう感じてしまう人がいるのは仕方がない。しかし、わざと排他的な空気をかもしだして、それをブランド価値にするようなお店にだけはしなくなかった。

だが、仕組みや労働環境の改善を重ねていく一方、そんなお店の理想系もまた、彼の中で変化し続けているようだ。

「お店の次のフェーズとして、僕じゃなくスタッフの個性がもっと表に出ても良いのかなと考えるようになりました。だから今年の8月、自分たちでチーズペーパー(CHEESE PAPER)っていうタブロイド紙を作ったんです。基本の姿勢はオープンで誰でも入れるんだけど、中にはコミュニティがしっかりある、その良いバランスを実現させたい。ロールモデルの一つとしては、よなよなエール。名前が全国に知られていて、デザインがポップで、ファンに長く深く愛されている。また、定期的にフェス(よなよなエールの超宴)を主催してコミュニティを可視化させていますよね。クラフトビール界の中でも特殊な存在じゃないですか」

この思いの変化には、彼自身のパーソナリティの移り変わりも影響している。『CHEESE STAND』開店以来、手仕事の微調整によってチーズの味が激変することを体感するうちに、彼の中では職人的なパーソナリティの比率が高まっていた。美味しくないものを出したくない抵抗感が、日に日に増していったのだ。それに伴って、チーズ職人を雇って自分は経営に専念しようと思っていた起業当初から、多店舗展開という方向性自体にも変化が生じていた。

現在、藤川さんの構成比率は、職人が60パーセントで経営者が40パーセントだという。『NARISAWA』(ミシュラン二つ星レストラン)のような、かつては雲の上の存在だった偉大なお店がチーズを使ってくれたこともある。だったら自分は素材を作る側としてもっと突き詰めよう。彼はそう心に決めたのだ。

「自分の性格的にはたぶん職人なんだと思います。戦略的にやれるわけでもないし、数字にも弱い。職人はものづくりを掘り下げていく作業じゃないですか。1日の何時間かはそこに向き合って、空いた時間に経営のことを考えたり、人に会ったりしています。自分の中では完全に棲み分けが明確なので、2つの役割が葛藤しあうことはありません」

藤川さんは、ある程度お店が軌道にのった今でも、自己評価がすこぶる低い。だから、他人から教えを請うことも厭わないし、異なる考えも受け入れられる。そもそも人を嫌いになるということがない。

彼が意識を向けているのは自分のお店だけではない。2019年には、国産チーズを本格的に根付かせるために、仲間と共に一般社団法人「日本チーズ協会」を立ち上げるなど、社会的な責任に対しても真摯に向き合う。その源泉はいったいどこにあるのか。

「スポーツでもビジネスでも、何かで優勝したことってあります? 僕にはまだその経験がないんです。だから、勝ちたい……なんていうと大げさなんですけど(笑)。大学でラグビー部にいたころ、毎年かならず東京外国語大学との直接対決があって、いつも負けっぱなしだったのが3年生のときやっと勝てた、その高揚感が頭に残っていて。勝って嬉し涙を流している、あの感覚……だからお店もできるだけ長く続けていく中で、いつかチーズ界の頂に立つ日を夢見ているんです」

かつて、肝心の牛乳が仕入れられなくなるピンチを迎えたこともあった。そのときは都内の酪農家さんや日本乳業協会に掛け合ってなんとか切り抜けた。また、お店がオープンする直前にはイタリアで出会ったチーズ職人が急遽来日できなくなってしまい、かわりに自ら全ラインナップのチーズを作ったこともある。

本人いわく、いつだって3歩進んで2歩戻る感覚。それは、相当タフな体と精神がなければ実践できないはず。スクラムを組んで歯を食いしばりながら巨大な相手に立ち向かう藤川さんの表情が、ふと目に浮かんだ。

カクテルにはSIPSMITH
「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」を使い、
一人の“SMITH”に対して
2種類のレシピを開発しています。

「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」について ↗︎

Will
ウィル
チーズ職人が来日できないという瞬間に、藤川真至なる1人の職人が生まれた。この偶然の瞬間を切り取り、カクテルを創作。本物のチーズを届けたいと想う藤川さんの心をシップスミスで、この偶然の瞬間を"偶然"生まれたことで有名なアペロール(編集部注:市場で売れ残ったオレンジを袋に絞り出したところ、その果汁が発酵したのが起源といわれている)で表現。そしてこの出来事の良い面、悪い面を受け取り、清濁合わせ飲んだ後の内心を、口に残るブラックペッパーで表しました。
Cocktail Recipe

1.SIPSMITH London Dry Gin 45ml

2.アペロール 15ml

3.ブラックペッパー ハーフムーン

ガーニッシュ アイスストーン

Bartender Interview
中村 充宏
ザ ペニンシュラ東京 ピーターバー

Q1:今回のスミスの記事を読んで、どのようなことを考えましたか?

実際にお会いした時、お酒好きと聞いたのでどんなバーでも飲める事を想定。上手くいったことも、偶然良くなかった事も受け入れ、清濁合わせ飲みながらも、前に進もうとする強い意志に感銘を受けた。そしてやはり一番心に来たのは、藤川真至という職人が生まれた瞬間でしたので、ここを表現したいと苦心しました。またこのロックな生き方に洒落て、石(意志)を添えました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?

写真のように「瞬間を切り取る」という着想を、職人から生み出されるシップスミスと職人が生まれた瞬間を掛け合わせ、上手く表せたと思います。抽象的な事への着想をカクテルに具現化するという自分らしさ、芸術的側面を今後も追求していきたい。

Q3:このプロジェクトを通してあなた自身の生き方に影響を与えたことはありますか?

本国のカクテルブックにあるシンプルさの中の美しさを紐解くと、飾らず等身大でいい、しかし地に足をついたジンを作ろうという意図が見える。藤川さんも、失敗を臆せず話しながらしっかり前を向いている。わたし自身も背伸びせず等身大で、芯のある振る舞いを心掛けたい。

STANDOUT
スタンドアウト
「無色透明」を志す藤川さんをイメージしたカクテルです。藤川さんからいただいたホエイと発酵蜂蜜を使って、チーズのようにラクティックでうま味を感じるカクテルを作りました。
Cocktail Recipe

1.SIPSMITH V.J.O.P.  40ml

2.Whey 30ml

3.Fermented Honey 15ml

ガーニッシュ Lemon Peel

Bartender Interview
堺部 雄介
LURRA˚

Q1:今回のスミスの記事を読んで、どのようなことを考えましたか?

自分と同じく海外で修行したバックグラウンドを持つ藤川さんの「新しい価値観を届けたい」という気持ちは、LURRA˚にも繋がるところがあるなと感じました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?

日頃からLURRA˚でもお世話になっている藤川さんをイメージしたカクテルということで、楽しみながら作ることができました。彼が語る「好きで作ったものに宿るクラフト感」が、このカクテルにも詰まっています。

Q3:このプロジェクトを通してあなた自身の生き方に影響を与えたことはありますか?

このプロジェクトを通して、自分を見つめ直す良い機会を頂きました。ありがとうございました。