SMITH BOOK PROJECT
かつての「職人」といえば、部屋にこもって黙々と手作業をこなす人たちであり、後進がその技を取得するには師匠の背中をみて学ぶほかない、というイメージがあった。また、その技術や製品が一般に浸透する段階で本質が薄まることに対して、嫌悪感を口にする者もすくなくない。しかし今は、インディペンデントでありながらオープンマインドな「新しい職人」が方々で注目を浴びている。つまり、ものづくりには強いこだわりを見せつつ、その世界への扉はつねに開かれていて、自身が手がけたものごとが世の中に広まっていくことも厭わない人たち。本サイトでは、そんな新しい職人たちを「SMITH」と称し、毎週1人・合計25人の方々に取材を実施。さらに、その人となりからバーテンダーが感じた「SMITHたる所以」をカクテルで表現し、レシピと共に紹介する。
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SMITH: 藤岡 響
COCKTAIL: Fellowship cocktail/The Ravens

藤岡 響

藤岡 響
Hibiki Fujioka
Satén japanesetea owner barista/2005年よりバリスタの道を志す。cafékitsune 等、都内の多くのカフェ、コーヒーショップの立ち上げに携わり、2015年ブルーボトルコーヒー清澄白河の立ち上げに参画。トレーナーとして多くのバリスタの育成に携わる。日本の日常に寄り添う独自のカフェスタイルの構築を目指し、2018年西荻窪に「Satén japanesetea」をオープン。コーヒー、日本茶等の抽出と向き合っている。お客様のコンディションに合わせて丁寧に淹れるコーヒーには定評がある。
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SMITH: 藤岡 響
COCKTAIL: Fellowship cocktail/The Ravens
Recipe for Life- 人生のレシピ
  1. 回り道に思えても、自分を信じて悩み続ける
  2. 変化を受け入れることで、自分のスタイルを更新する
  3. 自分の中にある純粋な「好き」に立ち返る

西荻窪にある、日本茶とコーヒーのスタンド「Satén japanese tea」の店主である藤岡響さん。「水と共に楽しみ抽出を哲学する」という理念のもと仲間と2人で株式会社抽出舎を立ち上げたというほど、「淹れる」ことに強いこだわりを持つ。バリスタとしてコーヒーの第一線を引っ張ってきたひとりである。
無駄のないなめらかな動き、凛とした佇まい。多くは語らないが、所作や発する言葉のひとつひとつに、藤岡さんの胸のうちにたぎる情熱やこだわりが見え隠れする。朝日の差し込む店主の人柄が滲み出る凛とした店内で、話を聞いた。

一杯の価値観とその重みが生んだ、自身のスタイルへの問い

流れるように珈琲を抽出していく所作の美しさ。「日に何百杯も淹れるということを、15年間続けてきましたから」。迷いなく珈琲を淹れているように見える藤岡さんは、しかし紆余曲折を経て今の境地に辿り着いたという。「常に悩んで回り道ばかりして、ふと横道に入ってみたら大通りに出た、そんな人生でしたね」。藤岡さんにとって人生そのものだという珈琲を巡る葛藤の旅路のはじまりは、20歳の頃の映画館でのアルバイト時代にまで遡る。「元々内向的な性格だったので映写技師で応募したのですが、残念ながらカフェの枠しか空いてなくて」。自然の流れで入ったそのラウンジのバーカウンターには、当時珍しかった最先端のエスプレッソマシンがあり、引き寄せられるようにバリスタとしてのキャリアを歩み始めた。

「当時はバリスタって何?と言う時代で、だからこそジャンルを開拓していく面白みを感じて独学で必死に学びました」。まだスペシャリティーコーヒーを扱うカフェが街に少ない中で、バリスタの本を買い漁り、豆を仕入れ、一人で悩みながら研究を続けた。「でも逆に、誰かにあれこれ言われずに問いを立てながら深掘ることで、自分のスタイルに向き合うことができたと思います」。いつしかこの仕事への誇りと、自分のお店を持ちたいという夢を抱き、その目標に向けて以降は老舗の喫茶店や立ち上げ期のカフェを選んで経験を積んでいく。そして、「パンとエスプレッソと」の立ち上げに参画したことが、ひとつの転機となった。

カプチーノの泡がわずかに少ないだけで厳しく叱責されるストイックな環境で向き合った、一杯の珈琲に対する価値観と重み。それはつまり、珈琲の後ろに透けて見える自分が何者で、何を表現したいのかと言う問いそのもの。そして同時に、職人としてバリスタを突き詰める過程で、逆説的に生涯持ち続けることになる疑問が生まれた。それは、「今でも度々悩んでいるのですが、自分の表現をストイックに追求することだけが、果たして対峙する相手が求めているものなのか」というもの。自分が突き詰めている珈琲と、お客さんの求める珈琲、そこに大きな乖離を感じていた。その悩みは、更にいくつかのお店を経て辿り着いた「CAFÉ KITSUNÉ」で、より強く顕在化されていく。立ち上げからバリスタまで務めたこのお店が、瞬く間に人気店となる裏での葛藤。「表舞台で珈琲を淹れられる大きなチャンス、でもお客さんが珈琲そのものを求めて来ていないように感じてしまったんです」。

大きなうねりとして盛り上がりを見せ始めた業界の中で、珈琲の持つファッション性や話題性が、藤岡さんのスタイルを悩ませ続けた。「それから、自分のこだわりを押し付けるのではなく、受け入れてもらうためにはどうすべきかを考えるようになりました」と、葛藤の中で柔軟に変化を受け入れていくように変わっていく。コーヒーだけではない要素も組み合わせながら、自分のスタイルという答えを探し続けていた。「軸を持ちながらも、他者を受け入れ貪欲に吸収することで、自分のスタイルを更新し続けることの大切さに気付いたんです」と、藤岡さんは今にも繋がる価値観を見出していく。

回り道を経た先に待っていた、純粋さへの回帰

そんなある日、一人のアメリカ人が「CAFÉ KITSUNÉ」を訪ねて来た。藤岡さんのエスプレッソマキアートに甚く感動したその人こそ、ブルーボトルコーヒー創業者のジェームス・フリーマンだった。「この場所で長く続けるイメージもあったので悩んだのですが、日本の珈琲業界を変えたいという想いで最後は決めました」。昼夜問わず働いても地位が上がらない当時の業界を変えるヒントが、ブルーボトルコーヒーにはあるように思えたから。そこで見たのは、バリスタの待遇の良さ、手厚いトレーニング、高品質の珈琲。世界的な珈琲のメインストリームの中にリードバリスタとして身を置いた後、トレーナーとして裏方にまわり100名近くのバリスタを育てあげた。「育成を学ばせてもらうと同時に変わっていく業界の最前線から、今度はさらにその先を見ましたね」。

ブルーボトルコーヒーを筆頭とした業界の底上げで、今後バリスタは雇用も確保されるし技術も身に付けていくことができる。「一方で急激に飽和した業界の中で、これからの時代に個人店ってどうやって生き残っていけばいいのかという疑問が湧いて来たんです」。人生の次の局面を考えた時に、多くの試行錯誤を経て藤岡さんの人生が導いた一つの答えは、とてもシンプルなものだった。「シンプルさとは純粋であること。珈琲を無心で抽出し、お客様に提供することが何より好きな自分が、最後には純粋に自分の表現と向き合っていくことに決めました」。自分の「好きなこと」に立ち返り、お店を構え、育成でも焙煎でもなく目の前の相手と直接的に対峙する抽出という場所で、答え合わせをしていきたいと思った。そしてその表現の形も、イタリアやシアトル、オーストラリア等の系譜での幅広い経験を削ぎ落とし、海外の真似をするのではなく、純粋な日本人として立ち返った自分のスタイルをつくりたいと考えていた。

そして立ち上げたのが、「Satén japanese tea」。珈琲とお茶を組み合わせた新しいスタイルを持ち、昔の喫茶店の雰囲気の中に北欧の差し色を入れたり、カウンターに手漉きの和紙を入れたりと、世界のどこにもないお店を目指した。このお店こそが、日本人としての自分の個性、自分らしいものを表現したいという到達点であり、そしてまた原点そのもの。「日本の人が日常の中で使えるお店を作りたい。ここから日本のカフェのスタイルを改めて発信していきたいんです」と、真っ直ぐな目で未来を見据える。この場所で、自分で一杯ずつ淹れるという本質に向き合いながら、自分のスタイルと相手が求めるものが重なる部分を、今でも模索し続けている。「たくさん回り道をして来たからこそ、揺るぎない強い意志と自信を持つことが出来たんですよ」。ただ愚直に珈琲と向き合うこととも違う、自分のスタイルを信じ続けることとも違う、悩み続けることでしか見えない世界を開拓し続けていく。

 

自分のスタイルや人生のゴールに、答えを出すことは簡単に出来ることではない。現状に疑問を持ち、悩んで悩んで悩み抜いたその先に、削ぎ落とされた自分の生き方が見えてくる。答えが出ない、自分が見つからないという悩みを受け入れ、時に立ち止まりながらでも回り道をしながら少しずつ前に進んで行くことが、結局は答えを見つける近道なのかもしれない。「珈琲を淹れた回数と同じくらい、生き方に悩んだ数は誰にも負けないです」と話す藤岡さんの人生には、答えを急いでしまう私たちにとってたくさんの学びが秘められている。

カクテルにはSIPSMITH
「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」を使い、
一人の“SMITH”に対して
2種類のレシピを開発しています。

「London Dry Gin」と「V.J.O.P.」について ↗︎

Fellowship cocktail
フェローシップ・カクテル
甘酸っぱくどこか懐かしい蜂蜜レモン。クリアなSIPSMITHの香りに包まれ、より洗練されたカクテルに仕上がりました。会話に花が咲いて何杯でもおかわりしていただきたいので、シンプルな水割りでご用意しました。
Cocktail Recipe

1.SIPSMITH London Dry Gin 40ml
2.レモンジュース 10ml
3.ハニーウォーター 60ml
ガーニッシュ:ドライレモン

Bartender Interview
五十嵐 愛
Flying Bumblebee

Q1:今回のカクテルを創作する上でどのようなことを考えましたか?
藤岡さんの記事を拝見して、お客様との会話や後輩の育成など、人との関わりをドリンクを通じて行ってらっしゃるのが印象的でした。どんなシーン、年代、性別でも受け入れられるカクテルを作り、それを通じて会話が生まれる。そんな情景を思い浮かべながら創作しました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?
長く会話を楽しむのにぴったりなのはロングドリンクだと思ったので、私の好きな蜂蜜を使ってまとめました。炭酸ではなく水を使ったのは、水を大切な要素と考える藤岡さんのイメージから着想を得たのと、飲み飽きないドリンクを作るのが日頃の目標である私らしい味の表現をしたいと思ったからです。

Q3:このプロジェクトはあなた自身の生き方にどのような影響をもたらしましたか?
三種類という限られた選択肢から最適な物を選び出す作業は大変でしたが、シンプルであるからこそ、より飲んでくださる方に寄り添えた一杯を提案できたと思います。これからも飲んでくださる方を第一に考え、そこから自分らしさを表現できたらと思います。

The Ravens
レイブンス
コーヒー、日本茶という藤岡さんのキャリアの軸となる素材を使い、そこに鶏レバーを使うことで新しいものを生み出す「葛藤」を表現したエスプレッソマティーニです。
Cocktail Recipe

1.SIPSMITH V.J.O.P. 40ml
2.エスプレッソ 20ml
3.鶏レバーシロップ 30ml
ガーニッシュ:ドライセージ

Bartender Interview
セキネ トモイキ
nokishita711 gin&cocktail labo.

Q1:今回のカクテルを創作する上でどのようなことを考えましたか?
藤岡さんのインタビューの「自分の表現とお客さんの求めるものとの葛藤」「シンプルとは純粋であること」という表現から発想を得ました。新しいものを発信するということは藤岡さんの言うような葛藤と付き合い続けることだと改めて思いました。それを飲み込んだうえで「シンプルは純粋であること」と言い切り新しいことに挑戦する藤岡さんの心意気に共感して作りました。

Q2:それをどのように自分らしくカクテルに表現しましたか?
エスプレッソマティーニというトレンドのカクテル(お客さんの求めるもの)に、鶏レバーとほうじ茶のシロップというオリジナリティのある素材(自分の表現)を合わせて調和させることで、自分の表現を大切にしながらお客さんの求めるものを提供するという葛藤を表現しました。
カクテル名は「カラスがいなくなるとロンドン塔が崩れる」という占い師の助言を守り、今なおロンドン塔に飼われているカラスの名前から取りました。カラスは伝記などで秩序を破り物語を展開させる「トリックスター」としての役割を果たします。新しいものを得るために、既存の秩序を破るという「葛藤」が生まれます。その「葛藤」があるからこそ、守りたいものも見えてくるという意味も込めています。

Q3:このプロジェクトはあなた自身の生き方にどのような影響をもたらしましたか?
自分のやりたいことと求められることの「葛藤」を諦めることなくし続けていくことで、自分のなかの「シンプルさ」を見いだせるようになりたいと思いました。

Words by Kengo Shoji / Photo by Shigeta Kobayashi