色彩豊かで、直線とカーブが織りなす幾何学的なフォルムや、大胆で独創的な構図が印象的なイラストレーションを描く、イラストレーターの西山寛紀さん。本の装画、雑誌の表紙やカット、広告、企業のWEBサイト、イベントのビジュアルなど、幅広い分野でイラストレーションを提供する。今もっともアートディレクターが組みたいと思っているイラストレーターの1人だ。
西山さんのイラストレーションでは、色と形という根源的なものが常にフォーカスされている。物事の本質を捉えるかのような、色と形。彼には世界がどのように写っているのだろうか。そこには、日常を丁寧に捉える独自の眼差しがあった。いつも制作時に訪れるという都内のカフェで、西山さんに話を聞いた。
色と形の探究でたどり着いた、本質への気づき
西山さんのイラストレーションでは、色と形という根源的なものが常にフォーカスされている。
その起源にあるのは音楽との出会い、高校生の頃にNUMBER GIRLというアーティストの実直に音を追求する姿勢に魅了されたことがきっかけだと言う。難しさや複雑さを排除した、シンプルで真っ直ぐな単音で奏でるギターのフレーズが、どうしてこんなに心に響くのか。どうして一線で渡り合うことが出来ているのか。この人たちのように自分も表現をしたい。さらには表現で渡り合いたい。最初は憧れでしかなかったその想いは次第に、幼少期から描いてきた“絵”に向かっていく。
美大に入ってから作品の方向性を決定付けたのが、師事していたグラフィックデザイナー佐藤晃一氏の「君は、こういう味付けが無いとご飯が食べられないんだね」という言葉。それまではテクスチャの表現を激しくするなど、複雑な手法で自分の内面から湧き出てくるものをイラストレーションに落とし込んでいた。「自分がやっていたのは味付けだったのか」その言葉で一度立ち止まり、味付けを削ぎ落としても印象に残る、作品自体の強さが必要なことを感じることが出来た。それは焦がれ続けたNUMBER GIRLのメロディにも通じる、シンプルで強度がある表現。そこから、西山さんの色と形を磨き続ける探求が始まった。
西山さんが考える作品の強さとは、色と形の響き合いが持つ強さそのもの。無駄なく濾過されたシンプルな色と形で物事をビジュアライズすることで、趣味や嗜好を超えて人に伝わり、分かり合うことが出来る。絵の中でジャムセッションをしながら、足りるか足りないかというラインを何度も探り、色と形のバランスを見極めていく。足すのではなく引いてみるその先に、いつか自分の想像を超える発見が待っている。
それは決してイラストレーションに限った話ではない。例えば、料理。あれこれ味付けしてみるのではなく、塩と胡椒で十分美味しいのだと素材の良さに気付く。これでいいんだとポジティブに思える発見により、本質に気づき、存在を肯定する瞬間。「”これがいい”じゃなくて、”これでいい”と思える瞬間を大事にしています」と、その感覚を教えてくれた。試行錯誤を重ね、要素を削ぎ落としていった末に、「これでよかったんだ」と想像だにしていなかった世界が開ける。そうすることで、自分自身も更新されていく。勇気を出して引いてみること、手放してみることこそが、物事の本質をシンプルに捉える近道なのかもしれない。
自分自身に向き合うための、日常の感動と違和感
西山さんのイラストレーションには、日常を丁寧に切り取ったものが多い。顔を洗っているシーン、グラスを手に持っているシーン、など。「生きていると、当たり前のものに最高だなと思う瞬間がたくさんある」と西山さん。例えば、陽の光を反射したグラスの美しさとか、散歩中に見かけた犬の歩き方とか、久しぶりに美容院で髪を切ってもらった時の気持ちよさとか。身のまわりのルーティンと感じていたものを捉え直すことで、突然に光り輝いて見えてくる。それらは、誰の前にでもあり、平等に与えられている日常。「感動補完装置みたいなものがたくさん備わっていると、目の前にある小さな美しさにも気付けると思う」。日常を丁寧に捉え、芯から味わう。そうすることで、世界は美しいものにあふれていることを再認識する。そんなひとつひとつの儚く美しい日常を感じとっては、今日もイラストレーションに落とし込む。そうして完成した西山さんのイラストレーションは、再びその感動が想起されるものになっている。
西山さんはそんな風に、目の前のものを見る角度を変え、自分の心を動かすものや美しいと感じることを日常の中で見つけることが、アウトプットにつながると考えている。「何気ない感動を味わい尽くしたいと思うし、そういうものに向き合っていきたいと思う」と西山さん。例えば、部屋には自分のお気に入りのものたちがずらりと並ぶ。手触りのなめらかさと歪みが美しい花瓶や、軽さとフォルムがグッとくるコップ、ブランドコンセプトに惚れ込んだ鞄など。「いいものというのは、決して高級なものという訳ではなく、自分にとってしっくり来たもの、心地よいもののことだと思うんです」。
自分は何に心を動かされるかを知り、味わうことが、表現に、人生に、生きてくる。「そうしていくと、違和感に気付けるようになる」と西山さん。違和感には、“心地よい”違和感と“心地よくない”違和感があると言う。心地よい違和感とは、発見である。今までの自分の物差しでは測ることが出来なかった新しい心地良さ、そんな違和感を発見することで、自分自身を更新していく感覚を得る。すると今までは必要だと思っていたことが必要でなくなり、「これでいいんだ」と納得させられてしまう。「どの仕事でも、その仕事ならではの発見を見つけていきたいですね」。セオリーでばかり生きていると腐っていってしまう、と西山さんは笑う。
さまざまな発見を自分にとって意味のあることと捉えることで、常に自分自身を更新し続けている西山さん。誰の日常でも得られるであろう心地よさや美しさは、気に留めることなく通り過ぎてしまっている人も多いのではないかと思う。立ち止まってゆっくりと味わい、自分がどう感じているかに意識を向け発見していくことが、自分らしい表現や生き方へと繋がっていくはずだ。